こんにちは、川越市六軒町のB型作業所のmです

いよいよ2023年も二週間を切りましたが、皆さんにとって2023年はどういった一年でしたか?

私見を述べさせていただくと、この年はコロナウイルスの脅威からは逃れられたものの、ウクライナにイスラエルと、戦火多く国際的には極めて不安定な一年だったと思います。

また、年の終わりには日本のGDPがドイツに抜かれて4位となり、インドにも抜かれることが確実視されるなど、経済的にもいいニュースの少ない一年でした。

これらの暗い世相がそうさせているのか、人付き合いもかなり少なくなったと思います。出生率は落ち込み少子化は進み、私もどのように生きればいいかわからなくなるときがあります。

そうしたときに私が心の支えにするのは、キリスト・ローマ文明のことわざです。

今回は2つ、Carpe Diem/Mement Moriの二つを紹介させていただきます。

まずCarpe Diem(カルぺ・ディエム)ですが、これは(一日を摘め)という意味のことわざです

古代ローマ人も色々悩んでいたのだと思いますが、現代風にアレンジすると(一日を大切にせよ)といった趣旨のことわざになります、昨日という日は二度と訪れませんし、明日という日もやがて来る日には失われてしまう。人生はこのサイクルの末に成り立っている、当たり前のことなのですが、人生を無駄にするな、ということをこの故事成句は伝えたいというわけです。

 その、二度と訪れない日々の末に待つものは死です、暗く残酷な終着点ですが、現代の技術レベルでこれから逃れることはできません。もしかしたら医学薬学の発展で不老不死が実現するかもしれませんが、今はまだその時ではありません。

 そういった現状であるからこそMement Mori(メメントモリ)の精神を現時点では持つべきであると私は言いたいです、意味は「死を忘れるな」ということわざなのですが、この成句、一見ネガティブなようで、哲学的に現代人を諭す一句となっているように見えます、せっかく人間として生まれたからには何らかの楽しみがあるのは当然のことです、しかしながら、私は生きる以上、あらゆるリスクはあると思いますし、生命を保証してくれる存在は何もない、誰にでも訪れる死と向き合うことは大変な事だと思います、そうあろうとも目を背けてはいけないと思っています。生きていれば病気や事故の類は自ら気を付けるより他にありません。ですから一日をただのルーティンの一つとして考えるのはある種問題があると思います。

私はキリスト教会に招かれて行ったことがありますが、会った聖職者の皆様は一日一日を大切に生きている方ばかりでした、そこで教わったことは「人生は思うほど長くないし、意識して生きなければ人生は有意義なものになりづらい、ということでした。

そうはいっても人間社会人になってしまうと一日一日を大切に、といった語句は空虚なものに響くかもしれません、こと東アジアの国々は労働がきついとされる国は多いですから、キリスト・ローマのそういった意識を持つのは文化的に相違があるため、生活面で心的余裕を持つのは難しいでしょう。

上記のことわざはネガティブな側面を内包してはいます、しかしその実、人生の心理を鋭く突いているように私には見えます。

世間はいよいよクリスマスですが、このブログを読んでいる方にも、幸福が訪れますように