みなさんこんにちは、川越市六軒町にある就労継続支援B型作業所明日のタネのmです。

いよいよ4月ですね、2024年も本格始動という感じがいたしますが、皆さんの本年度の生活に幸あらんことを願います。  

ドラえもんやクレヨンしんちゃんなどの国民的アニメ作品が持つメッセージ性は絶妙な説得力を以って視聴者に迫ることがあります。

普段放送されているクレヨンしんちゃんは真面目にバカをやっていますが、他方毎年公開される映画作品は、しばしば子供向け作品とは思えない問いを投げかけます。故にハズレ映画になってしまうことが大変少ないです。

今回はそれらの中でも極めて評価の高い 「映画クレヨンしんちゃん嵐を呼ぶ、モーレツ大人帝国の逆襲!」をレビューしたいと思います。 思い切りネタバレありなので要注意と言いたいところですが、内容をある程度知っていてもおもしろい作品だと思います。  

私も映画クレヨンしんちゃんの中では最も好きな作品で、公開された後テレビで放送されたものを見ました。  

非常に出来がいい作品ゆえいろいろな映画評論家が語りに語っているので、内容がかぶっている面がありますがご容赦ください。それだけ深いテーマを描いているとも取れる作品ですから、異口同音も仕方ないのかもしれませんが、一応剽窃ではありません 。

あらすじ ある日春日部市近くに20世紀博ができた、そこで 20世紀の懐かしいものに触れている大人たちは、20世紀博に通ううちに日本社会を栄光の昭和に戻すことを狙う男ケンとパートナーのチャコ率いる秘密結社イエスタデイワンスモアに洗脳され精神的に子供になってしまった、しんちゃんたち春日部防衛隊は20世紀博に向かった大人たちを元に戻すために立ち上がるのだった  簡単に言えば、この作品には高度経済成長時代への郷愁ときたる21世紀への不安が描かれ、大人の集団洗脳による社会の混乱とこれからの時代への不信感が描かれています。

思えばこの映画が公開された時期は2001年と新世紀を迎えたばかりで、アメリカでは911テロなどのとんでもない事件もありました。 (そもそもイエスタデイワンスモアというネーミング自体アメリカの大人気グループ、カーペンターズの過去を懐かしむ詩で構成されている同名の大ヒット曲からとっていますね、意図的にやっています。)

さて、映画のテーマを分析しましょう。 映画冒頭で問われる「懐かしいとはそんなにいいものなのかな?」という問いは深く我々に考察の余地を持たせます。人間の脳には過去を美化する作用がある(そうでも無ければメンタルがもたない)と聞いたことがありますが、作中で大人たちが熱狂している20世紀の姿は、悪い面を見せないという点において不自然です。

現実の高度経済成長時代には4大公害病や過労死問題、校内暴力やいじめ、各種犯罪など、今も昔も懸念はたくさんあったはずです。  また、バブルが弾けて資産を失ったり、20世紀に辛い思いをした人から見れば、今の方がましと考える人もいることでしょう、作中で懐かしさに浸る大人たちの20世紀は洗脳によって修正されているものであるにすぎないことを本作はテーマの一つとしてしっかり描いています。

そして、しんちゃんからすれば20世紀の事物(ベーゴマ、メンコ、昭和の特撮ヒーローなど)に大人は熱狂しているけれども、しんちゃん自身にとっては好奇心の対象でしかないことも。  好奇心の一例として例えば実際に私のような三十代前半の人間がMS-DOSのパソコンを見たとして、その構造に驚きはしても実際に使ったことがないために懐かしさや感嘆の念が出ないのと同じことです、最近流行りの平成レトロならばまだわからなくもないのですが。  

私は世代ではないのでわかりませんが、スバル360やトヨタGT2000も作中に登場するので、その時を生きた人には懐かしく思えるでしょう。  

さて、洗脳された大人たちはケンが管理する「昭和街」とでも言うべき場所に集められ、生活を送りますが、一見平和に見えるこの街も「昭和の匂い」というもので住民を従わせているために、ハリボテの理想郷にすぎません、いわばサイレントテロです。  

住民を洗脳してノスタルジーに浸るイエスタデイワンスモア側の主張について現実と繋げて考察しましょう。

確かに「希望に満ちていたはずの21世紀」は「汚い金と生ゴミばかりだ」とリーダーのケンが言うように、ある種の期待はずれな面があったかもしれません、しかし、大きな問題点として、まだ始まったばかりの21世紀を丸ごと否定してしまうのは性急にすぎます。

確かに悲観論者は現実にいましたし、映画のキャラクターのモデル的存在はもしかしたらいたかもしれません、しかし映画で悲惨と言われた21世紀も実際に20年ほど過ぎるとスクリーン外である現実で著しい変化が起きます。SNSの悪い面や人口減など社会問題はいろいろ起こるようになりましたが、インターネットやスマホの登場などかなり便利なものもたくさん生まれたというプラスの面もある、こんなにテクノロジーが進歩するとは、誰も予想できなかったはずです。  

最近ですと私もチャットGPT、生成AIの登場には大変驚かされました。翻訳技術の発展も目覚ましく、外語大の地位を脅かしかねないと思ったほどです。  映画公開時の2001年にはすでに日本一国の発展の全盛期は過ぎてしまったかもしれませんが、だからといって現状を注視せずノスタルジーの世界に逃避するのはあまりに短絡的です。

これに対するしんちゃんの答えは極めてまっすぐで、原恵一監督以下製作陣は思いの丈を五歳児の視点で如実に描いています。  後半で野原一家は洗脳が解け、「昭和の匂い」を止めるべくしんちゃんは傷だらけになってケンを追いますが、興味深いのは塔を登るしんちゃんは七回転んでいます、つまり七転び八起きということになり、細かいところまでよく作っているのがわかります。

大人は子供に戻りたくなる心理が、子供は大人になりたくなる心理が働くといいますが、そうした心理描写も優れています。  

ケンとチャコのように懐古思想にとらわれ過去に戻りたいという心理が生まれるのはわからなくもない、確かにそのような思想を持つ人も現実にいる、彼らの思想にも一定の理があるのも事実だと私も思いますが、未来にまったく期待を見出さないという面において作中のイエスタデイワンスモア部隊や、洗脳されて懐古に耽溺している人の姿勢には問題があると思います。

現実のどの時代にもいい面悪い面あると思いますが、(むしろ不況の2001年よりも太平洋戦争の1941-1945年の方がはるかに悪い時代と言えます)悪い面が想起される傾向にあるのには、現代の長引く不況で自信を失った日本人の未来への茫漠とした虚無感と未来への不安があるのでしょう、昭和の好景気やバブルの記憶に後ろ髪を引かれる、そういう動因は実際に現実でもあるはずです、こういった社会の懐古思想の問題点にメスを入れたからこそ本作は大ヒットしたのでしょう。  

平成後期から令和にかけて通信インフラが発展した今、私もこの高度情報化社会への戸惑いがありますから、先述したように、誰しも経験しないものには恐怖を覚えるものです、そう言ったものに等身大で体当たりして未来を築いていこうというのが製作陣の答えでしょう。

未来を恐れず、過去と適度に付き合い、充実した今を送りたいものです。  以上、初めてのクレヨンしんちゃん映画レビューでした、子供にはしんちゃんたち春日部防衛隊によるアクションシーンとお笑いが、大人には子供向け映画とは思えない登場人物の葛藤や心理描写がある傑作です。

興味がある人はぜひ見てほしいと思います。子供に連れられて仕方なく来たはずが、見てみたら保護者の方が涙腺に来てしまい、号泣したという逸話のある作品です。特に父ちゃんこと野原ひろしの洗脳が解ける時の回想シーンは必見です。