みなさんこんにちは、川越市六軒町にある就労継続支援B型事業所あしたのタネ川越六軒町のmです。

今回はテーマが重いですが、次回はカジュアルなテーマにします。なお、私mは宗教系の高校に通っていたので、少なくとも世界的に認知されている宗教に関しましては偏見の類はございません。また、私はいかなるものであれ各宗教を信仰する方々の信仰心を尊重しています。知識に間違いがあるかもしれませんが、専門家ではないのでどうかお許しください。

タイトルを見て「なんだ?」と思った方は多いと思いますが、ハティクヴァとはヘブライ語で「希望」を意味する単語で、イスラエル国の国歌のタイトルでもあります。いわば君が代のような存在なのですが、七五調で歌いやすく、穏やかな曲です。私はこの曲を大変気に入ってしまって、歌えるように歌詞を覚えたのでした。

国歌というと、どうしても堅いイメージが抜けなかったり、フランス国歌のような過激なものがあるのも事実ですが、このハティクヴァという曲は、戦争を多く起こすイスラエルの一般的なイメージに反して、聖書で神と約束したシオンの地への望郷を歌っており、歌詞に軍事の要素はないのが特徴です。私は常々、どこの国でも国歌は尊重されるべきものであると思っていますし、単純に芸術の一部だとも思っています。

イスラエルの国歌歌えて何になるの?とお思いの方もいらっしゃると思いますが、私はかつて非常に奇特な縁で、この曲を歌う機会がありました。

5年くらい前でしょうか、家族旅行で沖縄に行った時、露店でお土産を売っているイスラエルの人に会ったのです。日本在住らしく奥さんが日本人だという事でしたが、せっかく歌えるようになったのだからと、私は露天商の方にハティクヴァを披露しました、するとお兄さんの方もハイテンションになって、2人で歌って盛り上がりました。

こんなにピンポイントでイスラエル国歌が出てくるとは思わなかったのですが、気をよくしたお兄さんは後でお土産をサービスしてくれました。

 国歌つながりで言うと、日本には君が代をよく思わない教師やそれに類する人がいるのは存じておりますが、本来国歌はその国の文化の玄関口であります、フランスや中国のように軍歌のような勇ましい歌詞のものもあれば、日本やイスラエルのように特殊な趣を持って歌われるものもあるわけです。いずれも諸国が生み出した文化の結晶であって、尊重されるべきものです。

 イスラエルと言いますと、ナチスドイツの大迫害がセットで出てくる人は多いと思いますが、イスラエルの建国は1948年、大戦で敗れたナチスは全ヨーロッパでタブーとなり大量のユダヤ人たちがパレスチナの地、特にエルサレムを目指して入植しました。今でもイスラエルには「モサド」と呼ばれる非常に強力な諜報機関があり、ナチスの生き残りや反イスラエルスパイに対し目を光らせています。

 さて、イスラエル建国時に行われたイギリスのいい加減な外交のせいでパレスチナ人とユダヤ人の間でいつ終わるともわからない悲惨な紛争が幕を開けます。イギリスはパレスチナ人(イスラーム教)とユダヤ人(ユダヤ教)両方にパレスチナでの独立国の建国を許してしまいました。

さらにパレスチナの地にはこの二つの民族にとって宗教的に大切な聖地がありました。やはりエルサレムなのですが、どちらの勢力も聖地を諦めて逃げるようなことはせずに、互いに争うことを選びました。世に言う中東戦争です。イスラエル勢力は人口が少ないながらもアメリカのバックアップを受けて最新の兵器を揃えて周辺国家を次々に撃破していきました。しかしパレスチナ勢力もユダヤ人たちに自分たちの聖地を乗っ取られていい気分な訳がありません。同胞のムスリム諸国は連帯してイスラエルを攻撃、イスラエル軍の車両に石を投げる「インティファーダ」と呼ばれる反抗が続き、以後何度も何度もテロや紛争が繰り返され、現状でも紛争が継続中です。サウジアラビアに聖地メッカやメディナがあるイスラーム教にとってもエルサレムは大切な場所ですし、バチカンという聖地がキリスト教にはありますが、やはりエルサレムは宗教上大切な場所です、ユダヤ教はエルサレムが聖地ですが全世界のムスリムにとってもメッカ、メディナ、エルサレムこそが彼らにとって大切な場所なのです。こうした聖地の重複が事態を混乱させています。

 私はイスラエルの肩を持つわけではありませんが、イスラエル国歌に秘められた聖地エルサレムと彼らの土地への思い、ユダヤ人としてのアイデンティティや幾千年にわたる彼らの宗教的な悲願を考えると、部外者である日本人が軽々しく口にしていい問題ではないように思います。(ただし、旧日本帝国政府は比較的ユダヤ人に寛容で、ナチス政府のユダヤ人引き渡し要求を拒否したりしていました)常に迫害にさらされながらも「ハティクヴァ」=希望を持って生きてきた彼らの思いを誰が否定できると言うのでしょうか?無論パレスチナ人にしてみれば突然やってきた勢力に聖地エルサレムを取られるようなものなのでたまったものではないですし、彼らの怒りもよくわかります、そうなってしまうのも彼らの約束の地、エルサレムやメッカやメディナなどイスラーム教でも聖地とされる場所、特にエルサレムの取り合いで紛争になるのも彼らにも事情があり止めようがないとは言え、これはとても悲しいことです。諸外国政府は一応、揉め事を避けてイスラエルの首都を現状テルアビブとしてはいますが。

 イスラエル勢力にしても、必ずしも戦争を起こしてパレスチナ人たちを立ち退かせるのだけが目的ではありません、下手をすれば、宗教であるとか戒律であるとか、そう言ったものをあまり考えていない人たちも中にはいるのでしょう。いかに信仰が強固といえど、例外となる人はいるものです。ただしイスラエルでヒットラーを称える行為、言動をしたら、どうなるかわかりませんが。(脅しではなく、絶対にやめましょう)

 ユダヤ教の聖典旧約聖書の中の彼らへの教えにあるヤーヴェの神との契約は大切ではありますが、人間として生きる以上家は要りますし食料も当然必要です。神の前に生活を確保しなければならない…禁止の食料もありとどこの国で生きるにしてもお金や生活資源は必要です。これはムスリムが多いパレスチナ人たちにとっても同じことです。彼らも皆人権を持った人間なのですから。

 そう考えると豚肉やアルコールなど多数の食品ををイスラームの神の名のもとで頑なに拒絶するイスラーム教徒たちの姿は、我々日本人から見れば極めて真摯で真面目に写ります。中東地域やその他イスラム圏では放送・販売できない日本のゲーム、漫画、アニメはたくさんあります。しかし日本人の消費者は普段そうしたものに考えをやることは滅多にない、仏教の影響も受けているとはいえ、基本的には日本の国教は神道ですが、それすら知らない人もいます。それだけ日本人の宗教観はいい加減で、売れたとは言え新世紀エヴァンゲリオンなどは色々な宗教の要素が混ざってもうめちゃくちゃです。学校教育の場でも、強いて言えばテストの点数のために覚える、それはユダヤ人やパレスチナ人、およびアラブ人やキリスト教徒にあまりに失礼ではありませんか?

 それぞれの民族、人種にはいろいろ異なるとはいえ事情はありますから、国際化の時代、日本人も多様なバックグラウンドを持つ人々について学習する機会が必要です。せっかく学校で政治経済や倫理を学ぶわけですから、イスラエルの苦悩やイスラーム教徒、パレスチナ人の持つ文化的背景、宗教学を授業で取り上げてもいいのではないでしょうか?

旅行先での思わぬハティクヴァの披露は、そうしたことに思いをやるきっかけとなったのでした。

曲調がスローテンポなので、ヘブライ語が分からなくとも、カタカナ発音でも大体わかってもらえます。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

参考文献

聖書 旧約聖書続編付き

新共同訳

日本聖書協会 2010年発行

および日々報道される数々のニュース番組

文英堂シグマベスト 理解しやすい世界史 

杉本淑彦監修

発行者 益井英郎

編集担当 松岡美根子

発行 2024年